桜 宴











「だ〜もうっ! いい加減にしろよなっ!
俺もう腹減って仕方ないんだぞっっ!!」



半ば八つ当たり気味に如意棒を振り回し、襲ってくる妖怪を殴り飛ばす。
次いで襲い掛かる相手には軽く避けると同時に蹴り倒した。
一人、また一人と確実に倒れてはいるのだが、如何せん今回は数が多かった。



「八戒〜、今頃ってもう、次の街に着いているんじゃなかった?」

「う〜ん、その予定だった筈なんですけどねえ・・・」



どこかで道を間違えたのでしょうか、と。
その場でパサリと広げたのは地図である。



「おかしいですねぇ、やっぱりこの道でいいみたいですよ」



地図に視線を合わせながらも。
次々と近付く気配に向かって「邪魔しないでください」と気功砲を放つのは忘れない。
妖怪の悲鳴を気にする素振りは全く見せずに
まるで纏いつく虫を払うだけのような感覚で襲ってくる妖怪を吹き飛ばしつつ
現在地の確認をしていた。



「まったく・・・コチラも今日はいろいろと予定があったんですよ?
それをことごとく狂わせていただいて。
困ったものです・・・」



地図を折りたたみながら、深々と溜息を零すと。
背後から襲ってきた妖怪に振り向き様に、にっこりと笑いながらも
「邪魔だといっているでしょう」と気功砲を叩きつける。
更にその背後に控えていた妖怪たち数人がまとめて吹き飛んだ。



「・・・っと、終わりっ!」



短い悲鳴と共に最後の一人と思しき妖怪が倒れ、漸く静かになった。



「あ〜もう・・・腹減った! や〜っと片付いた!」

「銃声が聞えないところをみると、アチラも片付いたようですね」



今回はざっと50人以上、という多勢に当然ながら乱戦になり
いつのまにか各自バラバラになっていた。
それでも、悟空と八戒はそう場所を動くことがなかったのでジープの近くにいる。



「じゃ、そろそろ戻ってくるよな」

「ええ、多分」

「はやく街に着いてなんか食わねぇとマジ腹減って死にそう・・・
八戒〜、なんか食いモンねぇ?」

「たしか、ジープにまだお菓子が残っていたと思いますよ」

「やりぃ。三蔵たちが戻らないうちに食っとこ」



悟空が一歩を踏み出そうとした、時。
八戒は、ポンと手を叩いた。



「ああ、そうだ。悟空」

「なに?」

「この地図から見ると、どうやらその辺り足場が脆くなっているようですから・・・」



気をつけてくださいね、と言葉を続けようと振り返った先には
目的とする人物の姿は忽然と消えていた。
思わず目を瞬き「悟空?」と声をかけようとして。
ザザザ・・・っという滑り落ちていく音と共に、「うわわっっ・・・」という
悲鳴が小さくなっていくのが聞えた。

八戒は暫し、茫然と佇む。



「・・・遅かったみたいですねぇ」



深々と、溜息を一つ。

悟空が落ちた場所から下を覗き込むと。
周囲に発生している霧のせいもあって視界は悪かった。



「悟空〜! 大丈夫ですか〜?!」



声が届く程度の高さかどうか判らないのだが
とりあえず呼びかけてみると。
「大丈夫〜」という声が返ってきたので、とりあえず安堵する。
地図上ではそれほど絶壁ともいえる高低差ではないので大丈夫だろうとは思ったが。

次いで。

「早く言ってくれよなぁぁ〜」という言葉に、苦笑さえ零してしまった。







「あれ? 猿はいねーの?」



てっきり一緒かと思ってたぜと。
悟浄と、その少し後からは三蔵が煙草に灯をつけながら歩いてくる。



「いえ・・・さっきまで一緒だったんですけどねぇ」

「? いねーじゃん。なに、敵さん追っかけてどっか行っちゃったとか?」

「落ちちゃいました」

「―――は?」



呆気にとられる悟浄とは対照的に。
三蔵はピクリと片眉が上がる。



「ですから、ついさっきココから」

「はぁ? あんな雑魚相手に何やってんだぁ? 油断でもしてたわけ?」



周囲を見回せば死屍累々たる有様で。
どいつもこいつも明らかに悟空が倒した連中は急所狙いであった。
手間取ったという感じはない。



「いえ、そちらはちゃんと綺麗に片付けましたよ」

「で、勝手に落ちてったわけか。
どうせ腹減ったとかいってなにも考えてなかったんだろ」

「あはは・・・流石、三蔵。よくわかってますねぇ」

「ふん」

「あのよ・・・んなこと言ってる場合じゃないっしょ。
怪我でもしてたらどーすんの、よりによって今日なんて日によ」

「自業自得だな。ま、この程度で死にゃしないだろう」

「大丈夫ですよ、さっき声かけたら元気そうでしたから。
では、お迎えに行きましょうか」

「・・・さいですか」



保護者と保父さんが揃って呑気に構えている状況を見て。
本当に大したことはなかったのだろう、と悟浄は無理矢理納得することにした。



















そう長い時間落ちたわけではないので、それほど高くはないのだろうが。
見上げれば霧に隠されて、空は見えなかった。



「・・・ってぇ〜・・・」



ざっと確認したところ、せいぜい打ち身程度で済んでいることにほっとする。
油断した自覚はある。気を張っていれば如意棒で途中引っかかることもできただろう。

まぁ、登ろうと思えばこの程度は大丈夫だろう、と。
楽観的に考えていると、八戒の声が聞えてきた。
声の届き具合からやはり、そう離れていないことは伺える・・・が。

たしかあの時、八戒は、足場がどうとか言ってたような・・・?


無事なことを伝えると同時に、「早く言ってくれよな〜」と
恨み言の一つも零してしまったのは仕方のないことだろう。

この際迎えに来て貰おうか、と思った、その時。



はらり、と。
白いモノが視界に入ったような、気がした。



「―――?」



よくよく見れば、足元は一面緑で、これもクッションの役割になったのだろう。
なんとなく、悟空は崖とは反対の方角へと視線を向ける。

霧の向こうに、うっすらと。
そこだけ色が違うような気がした。

暫し、じっと見つめていたが。
やがて、何かに誘われるかのように。惹かれるように、歩を進み始めた。










「あれ?」

「いねーじゃねーか」

「おかしいですねぇ、確かこの辺りだと思うんですけれど」



悟空が落ちた場所と思われる地点から、八戒は上方を見上げる。
相変わらず霧に覆われたままで見えない。



「もしかして、自力で戻るつもりだったんじゃねーの」

「ここで待っていそうな気がしたんですけれどねぇ。
擦れ違ってしまったんでしょうか。
三蔵、どう思います?」



視線を向けると。
相も変わらず不機嫌さを隠す様子もなく。
それでいて面倒そうに溜息を吐く。

そして、崖とは正反対の方角へと視線を向けた。



「向こうだな」

「え? つまり悟空、勝手に先に行っちゃったんですか?
あの子にしては珍しいですね」

「もしかして、こっちにも敵さんがいたんじゃねーの」

「だったらこの辺に転がっている筈でしょう」

「それもそうだな」



悟浄と八戒に構わずに。
三蔵はふらりと歩を進め、悟空がさきほど向かった方角へと向かい始めた。
その表情はいつもと同じようでいて、いつもより苛立っている気がしないでもない。


2人は顔を見合わせ互いに笑みを零すと、三蔵の後を追った。










どれくらい歩いたのだろうか。
霧の中のせいか、今ひとつ距離感が掴めなかったものの
全く迷う様子もなく目的地を確信しているような三蔵の後を付いていくと。



―――本当に、突然に。

視界が開けたのだ。霧など存在しなかったかの如く。
同時に、視界を埋め尽くしたモノは。

それは見事な、満開の、桜の大樹であった。

樹齢数百年は経っているであろうと思われる、まさに今が見頃と云わんばかり。
花びらが、はらり、はらりと散る様がなんという風情だろう。


三人が三人ともに、あまりの光景に絶句して思わず立ち尽くす。




それを打ち破ったのは、元気な声。



「あ、さんぞ〜!! 迎えにきてくれたんだ?!」



見れば桜の樹の下で、こちらに向けて手を振っているのは
探していた筈の目的の人物。
ぱたぱたと駆け寄ってくる。



「すっげーよなっ、これっ!
見つけた時、ぜってーみんなにも見せたいと思ってさ。
ちょうど今探しに行こうと思ってたんだ」



興奮気味になって、無邪気な顔で笑う養い子に。
三蔵の額に青筋が浮かんだ途端。


スパーン、と小気味良い音が響き渡った。



「・・・てぇ〜っ!! なにすんだよっっ!!」

「煩せぇ!! テメェはまた勝手にチョロチョロと動き回りやがって!」

「え? あ・・・そーだった。俺、崖から落ちたんだっけ。
って、怪我人に向かってコレはねーだろっ」

「ほぅ・・・? 怪我人なのか?
じゃぁ、怪我人らしくしてやろうか」

「あ、はは・・・ごめん、ごめんってば!
って、もしかして心配してくれた?」

「ンなわけあるか」



不機嫌な口調を全く気にするわけもなく。
悟空は三蔵の袂を引っ張りながら、「近くで見るともっとすげーんだって」と、桜へと向かう。
纏わり付くのを一見さも鬱陶しいとばかりに眉間に皺を寄せつつも。
本気でそうは思っていないことは付き合いの長い2人から見れば明らかである。




「やれやれ、素直じゃないねぇ〜相変わらず。
心配なら心配したって顔してやりゃ、猿も喜ぶだろうに」

「あはは。まぁ、三蔵ですから」

「いえてるかもな。
ところでよ、どーせならここで例のやつやんねぇ?
こんな絶好の場所、他にないっしょ」

「それもそうですね
幸い、街はすぐそこですし、先に宿の確保して、食料の調達をしてきましょうか」

「美味い酒もな」

「はい」

「よし、決まりだな」




悟浄は、いまだ傍から見ればじゃれあっているとしか思えない2人に視線を向けると。



「おい、三蔵。俺たち先に街に行ってくるわ。
ちょっと待っててくんねぇ? ここなら場所もいいだろ?」

「え? 街近いの?」

「ええ、この場所にくる途中で案内板見つけましたから。
ジープだとすぐですね」

「俺も行きたい!」

「悟空は三蔵とここで待っててくださいね」

「え〜?! 俺もうホンットに腹減ってるんだって!!」

「心配しなくても、悟空がお腹一杯になるくらいの食べ物は買ってきますから」

「ほんとっ?!」

「ええ、ついでに花見も、しましょう。ね、三蔵?」

「ふん」



三蔵は懐を探ると、小さなモノを八戒へと投げ渡す。
勿論、買い物には必需品であるカードだ。



「・・・好きに使え」







見えなくなる背中を見送りながら。
悟空は傍に立つ保護者を見上げる。



「なぁ、なんかえらく段取りよくねぇ?
もしかして、最初からココ知ってたとか?」

「てめぇが落ちたのも段取りのうちか?」

「んなわけないじゃん!
ここ見つけたのだって偶然だったし!」



あ、でも、なんか気になって行ってみたら、偶々見つけたんだけどさ、と
小首を傾げる様を一瞬視線を向けながら。
三蔵は心中溜息を零す。

目前には見事に満開の桜。

ここにくるまでにもいくつか見かけたが
暖かい土地柄のせいか、まだ綺麗に咲き誇ってはいたものの
満開の時期は少々過ぎていた気がする。

この場所だけが開花が遅れていた、と考えられないことも、ないが。




昔から。
「いいモノ見つけた」「見せたいモノがある」といっては
どう見ても、明らかに迷ってしまいそうな森の中だの山中だのを歩かされ。
感嘆するには十分な光景を見せては「すっげーだろっ?」と自慢げに笑っていた。
中には桜の園、というべき場所もいくつかあって、穴場なだけに花見場所にしたこともある。

悟空自身が気付いているかどうかは判らないが
見つけるに到った理由はいつも「なんとなく気になって」行ったら見つけた。
しかも必ずといっていいほどに、まさに”今が見ごろ”という時期。

おそらくは、大地をはじめとして、ありとあらゆる彼を取り囲む自然が。
愛し子を喜ばせたいと思い、望みを叶え。それに無意識に応えているのではないのかと。
己自身にも聞える”声なき声”という、まさしくありえない状況を実感しているせいなのか
そんな思考に辿り着いたこともある。

真相は当事者でなければ判らないだろうが、当たらずとも遠からず、と思っていた。




「でもさ、今年はまだ花見してなかったから丁度よかったよなっ」

「どうせてめぇは”花より団子”だろうが」

「んなことないっ、・・・そりゃ、八戒の作る弁当は美味かったけど。
でも、ちゃんと花も見てたぞっ」

「どうだかな」

「それをいうなら三蔵だって酒飲んでばっかだったじゃん」




寺院にいた頃。
悟浄や八戒と一緒に、大量の食料と、やはり大量のアルコール類を持ち込んで
毎年花見をしたのは一度だけではない。
彼等と知り合う前は、言葉通りの単なる”花見”だったのだが。
こんな過ごし方もあるのかと、悟空は喜び、楽しみにしている行事の一つとなった。


早く帰ってこないかな〜と心待ちにしている様子に、やっぱり待っているのは食いモンじゃねぇかと
僅かに口の端を緩めつつ。三蔵は悟空の髪を梳くように撫でる。



「三蔵?」



桜に向けられていた視線が不思議そうに三蔵を見上げた。




「さっき八戒が言っていたが」

「?」

「今日は4月5日だそうだ」



目を瞬かせ、言葉を理解した時。
どこか照れくさそうに「そーなんだ」と微笑う。



「いっつも思うけど、よく覚えてるよな〜八戒。
俺だって忘れてんのに」

「普通この状況でいちいち日付なんざ気にしねぇだろ」

「ん〜曜日とかもよくわかんないもんな」




彼等の目的は連日西へ向かうことだ。
起きて眠るまでの間は、先へ進むことがあくまで基本。
そのついでに襲ってくる刺客の相手をしたり、街に着けば時々休養する。
ある意味繰り返される毎日に、日付も曜日も、時間さえあまり関係はない。

しかし、旅に出てからも、八戒は常の律儀さは相変わらずのようで
どうやらしっかり把握しているらしい。




「じゃ、いつもより美味いモンいっぱい食えんの?」



無邪気に、楽しげに笑う。
出会った頃のまま、いつまでも子供っぽさが抜けきれないままでいて。
かと思えば、時に大人っぽい表情を見せるようにもなった。
確実に年を経るごとに、やはり成長しているのだろう。


ケーキも買ってきてくれんのかな、と。
嬉しそうに話す悟空を見つめながら、この子供に関しては無条件に甘やかす人物がいることで
おそらく期待を外すことはないだろうとの確信はあった。



「食いすぎて腹壊さなきゃいいがな」



「底無しだからンな心配いらねーか」とからかうように僅かな笑みを浮かべる三蔵に
「ひでぇ」と拗ねながらも。
笑顔が止むことはなかった。













20040405





 ♪ HAPPY BIRTHDAY 悟空 ♪

ウチにしては珍しく、原作ベースとなっております(笑)
だからこそ”誕生日”なんて益々気にしないイメージがあって
まして三蔵が悟空に「おめでとう」なんて言うのが想像できず
こんな感じになりました・・・どこが"誕生日”なんでしょう・・・
(そして、いつものように【三空】の欠片もありません/汗)

――が。八戒さんはシステム手帳を持っている・・・
悟空の誕生日には花丸付けていそうな気が・・・(爆)


―――【三空幕府】悟空聖誕祭参加作品―――




















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