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「誕生祭?」

「はい」


静かに微笑みながら、目の前にいる老人はゆっくりとした動作で頷いた。




「なんだそれは」

「言葉通りでございますよ。
貴方様がお生まれになった日を信者共々お祝いしようと思いまして。
もう間もなくでございましょう?」

「必要ない」

「三蔵様」

「皇帝でもあるまいし、何故そんなくだらないことをせねばならん。
それとも何か? この寺では誰かの誕生日とやらの度に祝い事やってんのか?」

「そのようなことは・・・」

「ならばこの話は終わりだな」

「そういうわけにはいきません。
確かに、一介の僧侶がいつ生まれようがどうでもよいこと。
但し貴方様は違います。この世界においてはまさしく最高の位を戴く御方。
いわば皇帝と同位といってもよろしいでしょう」

「・・・単なる経文の守役だろうが」

「誰しもが成れるものではありますまい」



ほほ、と一見人の良さげな笑みをみせる姿はどこまでも好感を持つもの。
どこまでもにこやかに笑みを浮かべる表情は穏やかそのものである。
三蔵が本格的に腰を据えることを決意した後に寺院へきた大僧正の地位を持つ人物。
最高僧といえど未だ年若い三蔵の補佐役にと配置されたその老人は、どこか飄々とした風で
三蔵や、彼が拾ってきた悟空に対しても分け隔てない態度で接していた。

だからだろうか。
どうにも、他の人間達と同じように完全に跳ね除けることが難しい。



「・・・いっておくが。
その日が本当に生まれた日ってわけじゃない。
そんなもん俺さえも知らないのだからな」

「存知ておりますよ、”川流れの江流”」

「・・・・・・」

「ほほ・・・事実などどうでもよろしいのですよ、必要なものは口実ですからな」

「口実?」

「ほほ・・・三蔵様は大層やんちゃでいられますからな。
常日頃、色々と大目に見ていることもございましょう。
偶には我等にご協力頂きたいと思いましてな」

「・・・何を」

「ほほ、祝いと称せば皆様堂々と三蔵様への供物品を送れますな。
しいては寺院への寄付も集まります。
それらは我等が生活する上での貴重な資金源でして。
更には常ではお目にかかれぬものを食する機会でもありますな。
三蔵様はそのような我等爺共めが楽しみをも奪われますかな」



あまりにも勝手な言い分に、三蔵は思わず目を瞬かせる。



「―――目的はそれか?
結局あんた達が楽しむ為じゃねぇか」

「ほほ、お許しくだされ。何分娯楽が少ないもので。良い息抜きになりまする。
それに、三蔵様にとってもそう悪いことばかりではありませぬぞ。
寧ろご都合の良い日と思われますが」

「どこがだ。
くだらない祝辞とやらを延々と受けて云いたくもない礼を言って。
退屈なだけだろうが」

「まぁ・・・それくらいは少々我慢はなさってくださいませ
なに、適度にお茶を濁して頂ければ済むことでございますから」

「・・・は?」

「流石に主役がいてもらわねばなりませんので会食は共にして頂くことになりますな。
皇帝陛下よりも代理の方をお送りされるでしょうから、常よりは上等の食事をご用意させて頂きます。
勿論同じものを御子にも差し上げますから、喜ばれるのでは。
それが済めば尤もらしく適度な理由で退席なされればよろしい。
あとはご自由にされていて構いませぬよ」


穏やかに笑いながらも告げる言葉はある意味とんでもないもので。
三蔵は彼にしては珍しい、呆気にとられたといわんばかりの顔をする。


「ほほ、そのようなお顔もできますか」

「・・・ひとつ聞いてもいいか?」

「なんでございましょう?」

「大僧正ってのは皆あんた達みたいな喰えない輩がなるもんなのか?」

「はて、一体誰と比較しておられるのやら。
まぁ若いて云えば人間年をとる程に判ることもあるというものですかな
だからといってそう変るものでもありますまい」



あくまでも笑顔のままで。
しかし、明らかにそれは年を重ねた者が持つもの。



「・・・あんたも相当狸だな」

「ほほ、なんのことやらわかりませぬな」



では、段取りはお任せくださいませと。
恭しく一礼をして、大僧正は執務室から退室した。
最後に、「”バックレ”はなしですぞ」と振り返り、にっこり笑いつつ
釘を刺すことも忘れずに。

一人になり、三蔵はゆっくりと深く息を零す。
己が最高僧の地位になぞいるのも未だ不可解ではあるが。
この世界で”上”にいるものは一癖も二癖もある人物ばかりのような気がする。
少なくとも無能な人間でないのは、この世界もまだ捨てたものではないかもしれない。

にしても。
”祝う”という本来であればおめでたい日に。
最高僧という立場だからといって何ゆえに公務同然のことをやらねばならないのか
はたはた疑問ではあるが。
せっかくの言葉である。早く終わらせる算段とやらを考え始める三蔵だった。














「さ〜んぞ〜! こっちこっち〜!」



大声を上げながらぶんぶんと手を振る養い子に苦笑する。
あれから数年経ったというのに、いつまでも変わらない笑顔。



「も〜う抜け出してきたんだ。
毎年早くなってんじゃね? もうちょっとかかるかと思った〜」

「ふん、あんなくだらない集まりにいつまでも我慢していられるか」

「ひっで〜の。
皆、三蔵の為に集まってくれてるんじゃん、お祝い持ってさ〜」

「別に俺がいようがいまいが構わねぇんだよ、あのジジィ共は。
祝いという名前の寄付が集まりゃ満足なんだからな。
俺の仕事は終わってんだよ」

「仕方ねぇじゃん。
今じゃ三蔵の誕生日って皇帝の聖誕祭とおんなじくらい有名だかんな」



くすくすと、悪戯っぽく笑う悟空に三蔵は眉を顰める。



「ち・・・基はといえばンなくだらないモン作ったあの狸ジジィのせいだ」

「あはは、流石の三蔵もあのじーちゃんには叶わなかったもんな」

「るせぇ・・・」



三蔵は不機嫌な顔をする。
今思い返せば上手く丸め込まれた感が否めない。
だが、相手の方が一枚も二枚も上手だったということだ。



「な、早く行こうぜ
八戒が御馳走作って待ってるってさ!」

「・・・もう飯は食っただろうが」

「あんなんじゃ全然足りないって。
でも、珍しーもんいっぱいあって、美味かったけどさ!」



にこにこと。
上機嫌で「なにが食えるのかな〜」と、歩く様子も心なしか弾んでいるようで。
一体誰の為の「御馳走」だというのか。



「お前は今日をなんだと思ってるんだ?」



ふと。思いつくままに言葉を投げかけてみると。
悟空はきょとん、とした表情で振り返った。



「え? え〜と・・・美味いモンが食える日、だよな?」

「・・・」

「あと、さんぞーがちょっとしか仕事しなくていい日?」



呆れるような視線に「違ったっけ?」と悟空は焦って首を傾げる。
まぁ、確かに、間違ってはいないだろう、間違っては・・・





「・・・そういえば、お前は言わねぇんだな」

「何を?」

「おめでとう、とやらをだ」

「あ、そーいや坊さん達も寺にくる人達も皆言ってるよな」



でも、別にめでたくないよな、という悟空の言葉に、三蔵は目を眇める。



「生まれた日なんてどーでもいいじゃん。
今ここに三蔵いるし。
一緒にいられるんなら他のことなんてどーだっていいや。
大体、三蔵だって全然嬉しそうな顔してないじゃん、お祝いされてんのに」



「ンなもん、鬱陶いだけだろが」と不機嫌な声で返す三蔵に悟空は微笑う。



誰もが必ず持つという『生まれた日』は、確実にひとつ年を重ねる日ではあるが。
毎日を無事に過ごせさえすれば勝手にやってくるその日などいつだろうとどうでもいいことで。
意味こそ違えど同じく”遠慮なく飲み食いできる”口実の為に、その場所へと向かうのは
最近できた新たな慣習(同じ理由でついこの前も飲みまくったのだが)。


『必要なものは口実』


そういって体よく利用された頃を、ふと思い出して口の端を緩めつつ。
先を急がせる悟空の後に歩を進める三蔵だった。









end




ぎ・・ぎりぎりでも何とか間に合わせました
三蔵様birthday(笑)
悟空をそうしたからといって「今年は原作ネタで」と思ったのが
そもそも間違いかもしれません(・・・すまん、悟浄・・・)

埋葬編でいろいろと判明したこともありますが
若干16歳で取り仕切るってのはいくら最高僧といえど無理じゃないかと
とうとうオリキャラ登場させてしまいました(苦笑)
やっぱり一応、補佐する人物はいるだろう。
で、下を押さえ込む為には地位は高い方がいいかな、と。

”三蔵法師”同様に、「上」につく人物は思考が一般的じゃないと思われます(笑)

そして。
原作ベースにすると祝い事の筈の誕生日でさえも
彼等にとっては単なる”飲む理由”の一つに過ぎないような・・・。
どうにも”特別な日”という感覚がないのは、三蔵にしても悟空にしても
どういう理由でその日が誕生日なのかが不明だからかもしれません。


20041129







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